昔は副業が当たり前だったのか? 〜豚と米とりんごで生活していた時代を振り返る〜


昔は本業が何か分からないなんてことも、珍しくなかったのではないでしょうか。ただ、昔と言っても、ほんの60年ほど前のこと。

今回は、東北出身の筆者自身の体験から、少し昔の仕事スタイルを主観を交えて想像してみたいと思います。

 

筆者の実家は、昔は専業農家、今は兼業農家です。昔は、米とりんごを、今はりんごだけをやっています。

ただ、少し驚くこともあります。家の裏に「豚小屋」というものがあるのです。その名の通り、昔は豚を飼育して、生活の足しにしていました。一時期、生活が苦しかった時期があったようです。

とにかく「食べる」ために、1つのものにとらわれず、常にいろいろと試していたと言います。

そういえば、小さい頃は、トマト、きゅうり、さつまいも、栗、スイカ、さくらんぼなどを自分たちで食べるために作っていました。最も趣味の側面も多分にあったと思いますが。

さくらんぼは、一時期本格的に作って売りましたが、手間の割に売上がたたない、ということで今は止めています。

 

そんなことを振り返ると、良くも悪くも変に勝ち筋を見ることなく、常に試行錯誤の連続だったのかなと思います。

言い方を変えると、昔は本業、副業など意識せず、「どうかな?」と思ったら試してみる、という仕事スタイルが今よりも強かったのかなと想像しています。そうして、米、りんご、さくらんぼ、そして豚を育てる結果になっていたのです。

 

今は、1つの会社に勤め上げるというスタイルが一般的です。

しかし、今から約60年前の昭和30年には、約4割の人が一次産業に従事していました。年齢にもよりますが、おじいちゃんが働き始めたくらいの時代ではないでしょうか。

産業別15歳以上就業者数の推移(全国)

その時代は、今のように年齢を基準にしてステップアップ出来る、先のことが見えているという状態はなかったと考えられます。実際に、終身雇用が制度として一般的に認知されたのは、1970年代に成立した判例以降だと言われています。

 

ほんの60年前までは、いろんなところに少しずつ軸足を置きながら、試行錯誤して生活していた人も少なくなかったと思います。

話を聞いていると、サバイバルな面もあった一方、農業に関しては自分がコントロール出来る土俵(農地)があって楽しかったのかなとも感じます。

 

翻って今を考えると、本業があるからこそ、リスク少なく副業で試行錯誤出来ます。

副業をしている人の話を聞くと、本業と副業の掛け合わせで周りとは違う存在になれるので、自分でコントロール出来る範囲も広がっているように感じます。

最近は「先が見えない時代」などと言われ、将来を不安視する話題が多いですが、「なんだ、少し昔に戻るだけなのか」と考えることも不自然ではなさそうです。

ただ、昔との違いは、インターネットで様々な情報が手に入り、アクションの仕方が様々あるということです。

これからは試行錯誤しながら自分の土俵を作る時代、最初は大変かもしれないけれど、それが出来たら次から次へとやりたいことが見えてきそうな気がしてなりません。

 

 

 


2017年06月01日 | Posted in 未来に向けた視点 | | No Comments » 

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